道草日記

道草食ったっていいじゃないか。人生は途方に暮れるほど長いんだ。

五月祭教育フォーラムに参加した話

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こんばんは。

GWも終わり2週間が経とうとしています。

絶賛五月病な私ですが、今日は真面目な講演会に参加してきたので備忘録として所感をつらつらと書いていきたいと思います。

 

 

今日参加したのはこちら。

 

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五月祭教育フォーラムです。

これはROJEという学生主体のNPO法人が主催したイベントで

 

『"教育改革"のその先へ ~新時代に求められる人間像とは~』

 

というテーマで講演、パネルディスカッションを行っていました。

 

詳細↓↓

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【日時】 5月19日(日) 14:00~17:00 (3時間)
【場所】 東京大学 本郷キャンパス
【参加費】 無料

【登壇者】
隂山英男:陰山ラボ代表/一般財団法人基礎力財団理事長
工藤勇一:千代田区麹町中学校
鈴木寛東京大学教授/慶應義塾大学教授
中村伊知哉:慶應義塾大学教授
(五十音順・敬称略)

HP▷http://kyouikusaikou.jp/mayfes2019/
Twitterhttps://twitter.com/roje_mayfes

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さて、盛りだくさんな3時間だったのですが、一番印象に残ってるのは工藤先生の「当事者意識を持つこと」の重要性について。

 

手をかければかけるほど子供たちは自律できなくなり、自分が上手くいかないことを誰かのせいにするようになる。

 

「成績が伸びないのは先生の教え方が悪いからだ」というように。

 

そうではなく、「当事者意識を持つこと」「自分自身に責任を持つこと」が自律した人間になるために必要不可欠であるということ。

 

当たり前のことだけど、とても大事なことだと思う。

 

生徒に当事者意識を持たせるために、工藤先生が校長を務める麹町中学校では、"責任"と"権限"を与えているそうで。

 

具体的には、、

①体育祭で運動が得意な人、苦手な人で2分割して競技も決める。これも生徒たちが対話して自ら決定する。

②学校の購買を生徒たちが経営する。

などなど。

 

中学生がそこまで出来るのかと少し疑問が湧いたけれど、そう思っているのがそもそも偏見なのかもしれないと思えてきました。。

 

最後に工藤先生が今後の野望で「学校を社会に開く」と語っていました。

 

これ、まさに

私がやりたいことと一緒!!

 

学校ってすごく閉鎖的でお役所的なところがあるなぁってずっと思っていて。

 

もっと地域とか社会とかとつながって企業なんかも参入して色々やった方が子どもたちも社会とか大人に対して壁を感じないし、何より面白いんじゃないかな。

 

ぜひ、工藤先生にはモデルケースとして実現してほしいし、私もそういうことを今の仕事でやっていきたいなと改めて思いました、まる!!

 

ただ、工藤先生の野望では学校の施設(体育館、グラウンド、プール等)を民間のスポーツ団体とかに家賃取って解放する代わり、専門家を生徒の学びに呼び込むという話をしていて、

 

公立の、しかも義務教育の中学校で、学校独自でどういう風にやっていくのかは気になるところではあるかなぁ。

 

 

とまあ、簡単に述べてきたけれど

最後に感じたことは一つ。

 

「教育の必要性、必然性は今も昔も変わらない」

 

ということです。

 

大学から教育関係を学んで、今現在も曲がりなりにも教育に携わっている立場としては学びが多い1日でした。

 

最近すごく思うのは、学生に戻りたいなってこと。

 

仕事したくないとか、学生の方が楽だからとかそういう意味ではなく(いや少しあるけど笑)、

 

どんどん社会が変化していってICTやらSTEAM教育やら、私が中高生の頃はなかった学びを今の中高生は出来るのがとても羨ましい!

 

あとは、大学生の頃に変に斜に構えてて学祭とか全然参加してなかったけど、五月祭の活気とかROJEの活動してる学生さんを見て

 

「あぁ、もっと大学生楽しめばよかったな。色んな団体とかの活動してみたり、夕暮れの出店でタピオカドリンクの値引きを大声で叫んだりすればよかった。」

 

ってセンチメンタルな気分になってしまった。いかんいかん。

 

そんなことを言ってる間にも時間は過ぎ明日が来て、また1週間仕事をするんだ。

 

 

 

ふう。明日からも頑張ろう。

 

 

ミッション・インポッシブルⅡ

 

 

闘いはまだ、終わらない。

 

 

1日目の模様はこちらからどうぞ。

 

ミッション・インポッシブルⅠ

https://michikusa-blo.hatenablog.com/entry/2019/02/27/185341

 

 

ということで、部屋探し2日目スタートです。

 

今日も不動産屋の扉を叩……く前に自動で開きました。

 

文明の利器、素晴らしい。

 

 

昨日ぶりの担当さん。

 

(また来たよ…今日もお昼食べ損ねるフラグじゃん)

 

みたいな感情を一切見せない営業スマイルで出迎えてくれた。

 

さすがプロ。

 

 

今日も長丁場かなぁ…と覚悟をして2人でパソコンに向かう。

 

昨日からずっと操作を見てたので、途中から

 

「もう自分で気になるやつクリックしちゃってください」

 

とマウスを渡された。

 

え、それでいいのか?

 

 

カチカチ…

 

「これはダメか…」

 

「これ…も微妙だなぁ」

 

なんて言ってたらしばらくして

 

 

「あれ?これ結構いいんじゃないですか?」

 

「ほんとですね。昨日はなかったのに…あ!今日掲載された新着ですよ!!」

 

 

急いで電話する担当さん。

 

「内見行けます!!」

 

歓喜

 

さっそく内見へ。

少し遠いので車で向かう。

 

 

結構いい感じのお部屋。

 

「こういうありきたりな造りの部屋の方が住みやすいんですよ」

 

と担当さん。

 

…ちょっと言い方が引っかかるけどまあ良しとしましょう。

 

昨日の反省を踏まえてとりあえず店舗に戻る前に管理会社へ再度確認。

 

「もしもし。今、内見終わりました。まだ申し込みはされてないですか?…ええ、はい。まだ物件の前で、店舗に戻るまで少々時間が…」

 

 

あれ、ちょっと不穏な感じ…?

 

 

「ちなみに1時間以内にお送りできると思うのでその間ストップできたりなんてしない…ですよね?…ああ、そうですか。分かりました。失礼します。」

 

 

聞いてるこっちがめちゃくちゃ緊張するじゃん。。どうなんだ??

 

「今、7社から申し込みしたいと問い合わせが来てるみたいで…どうしても早いもの勝ちになってしまうので急いで戻りましょう。」

 

 

ひぇ〜…

 

敵が増えとるやないかい…

 

物件まで車で大体20分くらいかかってたし、今から急いで戻っても間に合わないだろうな…

 

と半ば諦めながら車に乗り込む。

 

担当さん、とりあえず店長に電話で報告していたんだけど、

 

「今内見終わって、管理会社に確認したら7社から問い合わせ来てるみたいで…はい、多分もう終わると思います…」

 

とか言ってて、いやそれ、私の前で言うか??

 

というか、昨日から思ってたけど結構言うよねあなた??

 

 

諦めと疲れで車内で無言になってたら、

 

「万が一の可能性もあるので急いで帰りましょう!」

 

とスピードを上げる。

 

 

するすると車の間を縫っていくドライブテク。

 

真剣な眼差し(後ろに乗ってたので勝手なイメージ)。

 

しなやかなギアさばき(ATなのでここは完全に妄想)。

 

 

(え、カッコいい…やるじゃん担当さん!!)

 

と半分以上妄想なのに勝手に見直しているくらい私も疲弊していた。

 

どうか間に合ってくれ…!!

 

 

なんとか店舗に到着。

 

着いて早々書類を渡され書き始める。

 

ペンを握る手に力が入る。

 

その間にもう一度確認の電話をする担当さん。

 

「もう申し込みってされちゃいましたか?…あ、そうですか。分かりました。」

 

 

 

 

 

え、それは…どっちなの??

 

もうダメならダメで一思いに殺してくれ…!!

 

 

 

 

 

 

「まだ申し込み来てないみたいです!急いでください!!」

 

 

え、まさかの?!

 

ちょっとびっくりして固まっていたら

 

「手動かして!!」

 

と急かされ、いや私お客様だけど?!と思ったりもしたけど、

 

もうどうにでもなれ!!

 

って感じで殴り書きの書類を、書き終わった瞬間に奪い取って送る担当さん。

 

束の間の沈黙…

 

 

「今申し込み書をお送りしたんですけど、何番目に届きましたか?…本当ですか。ありがとうございます」

 

電話してる姿を固唾を飲んで見守っていた私に、親指を突き立てて笑う担当さん…!

 

「ギリギリ間に合いました!!」

 

おおおお!!!

 

普通に他にもお客さん居たのに関係なく2人でハイタッチ!!!

 

 

目と目が合って指が触れ合うその時全ての謎が解けるのよ〜♪

 

 

と脳内で竹内まりやが流れるくらいには浮かれていた。

 

 

緊迫したカーチェイス(何も追ってないし追われてもない)、ギリギリに滑り込むハラハラ感。

 

 

イーサン・ハントばりの不可能ミッションも無事コンプリート。

 

 

 

「店舗でご契約いただいて、一緒に写真を撮っていただいた方に抽選で10万円当たりますのでぜひ。撮った写真はあんな感じで店舗に飾ります〜」

 

と言われ、

 

「SNOWで盛ってくださいね〜笑」

 

途端に調子に乗り出しふざけた発言をしてパシャリ。

 

 

多分、高揚と安堵で緩み切っただらしない顔をしていたので

 

知り合いが同じ不動産屋で部屋を探しに来ないことを切に願う。

 

 

 

こうして目に見えない敵との仁義なき家取り合戦は幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

なおこの記事は読み終わった30秒後に自動的に消滅する。

 

ミッション・インポッシブルⅠ

 

私はトム・クルーズが好きだ。

 

ミッションシリーズは特にお気に入りの映画で全作観ている。

 

今回は先日海外旅行へ行った際に、飛行機の中でようやっと観れた最新作についてのレビューをば。。

 

 

 

 

 

……ではなく。笑

 

これは、一人暮らしのための物件を決めるべく不動産屋に訪れたときの目に見えぬ敵との仁義なき闘いの記録である。

 

 

時は2月も終わりを迎えるころ。

 

ありがたいことに就職先も決まって半年が経った。

そしていよいよ新生活をスタートさせる拠点を決める時が来た。

 

というわけで、浮足だった田舎者の私は新居を契約するため意気揚々と不動産屋の扉を叩いた。実際には自動ドアだったので叩く間もなく開いたわけであるが。

 

恥ずかしながら、私は生まれてこのかた一人暮らしを経験してこなかった“一人暮らしビギナー”である。

 

大学も割と遠かったが、

 

「電車1本でいけるし、お金もったいないから通っちゃえ☆」

 

というノリで実家から通っていた。

 

入学して間もなく、1限に出るには5時半起きしなければならないし、終電は22時ジャストだから飲み会も1次会で帰宅という苦行に過去の自分を呪うことになるのだが。

 

なぁにが、「通っちゃえ☆」だ。このド阿呆。

 

 

と、まあそんな訳で

 

『道草、家を借りるってよ。』

 

である。

 

 

時刻は11:00。

 

部屋探しに憧れを抱いた純粋無垢な田舎者は

 

「内見?ボンビーガールで予習済みだぜかかってこい!」

 

と期待を胸に抱いていた。

ふふふ。どれどれ私のお眼鏡にかかるお部屋はどの子かな??

 

 

「あ、ここ、いいですね。駅近いし。」

 

「じゃあ管理会社に空室確認してみますね。」

 

 

「もう申し込み入っちゃってるみたいでした。」

 

 

「ここは安いし良さそう」

 

 

「入居できるのは4月入ってからですね」

 

 

「じゃあここ!ちょっと遠いけど綺麗」

 

 

「まだ入居中なので内見できないみたいです…」

 

 

 

なんということでしょう。

 

せっかくボンビーガールで予習してきたし、部屋探しの醍醐味と言っても過言ではないのに、そもそも内見できる物件が見つからないという事態。

 

「僕らどんだけ日頃の行い悪いんすかね~ワハハ」

 

なんて担当さんも若干投げやりになってきました。

 

 

この時点で時刻は13:00を回ったところ。

 

2時間も担当さんと二人でパソコンとにらめっこしている。

 

もうことごとく空振りで終わっているので、ついに管理会社への確認の電話で枕詞が

 

「もう終わっちゃってると思いますが~」

 

になった担当さん。

 

つらい。

 

諦めたらここで試合終了ですよ?

 

 

もうパソコン画面の何たらコーポとか建物の名前がゲシュタルト崩壊し始めたころ。

 

「え、ここ良くないですか?」

 

「ほんとですね。確認してみましょう」

 

 

「内見、できるみたいです!!」

 

 

ついに!内見できる部屋見つかりました!!

 

もう部屋決まったレベルの喜びだったんですが、冷静に考えてください。まだ、内見です。

 

 

とまあ、2軒ほど内見できるところを見つけていざ出発。

 

1軒目。

 

もう外観が好き。

この時点でさっき店舗で死んだ魚の目でパソコン画面を見ていた田舎者と同一人物とは思えないほどテンションが上がっている。

 

部屋に入った瞬間、

 

「え~すごい!」

「めっちゃすごい。収納もすごい!」

「すごい!凄い!スゴイ!SUGOI!!すg…」

 

合コンのギャル並みの語彙力になってしまった。

 

この時点で「もうここにする!」と心は決まっていたけれど、とりあえず2軒目へ。

 

 

ほとんど覚えていないが、

 

「入った瞬間なんか味噌汁の匂いしましたよね~」

 

「「ワハハ」」

 

なんて担当さんと話しながら店舗へ戻っていく。

 

さて、あとは書類を書いて送ってしまえば申し込み完了。

 

内見前の殺伐とした空気とは一変した担当さんが

 

(やっと決まったよ、長かったなこいつ…早く終わらせてお昼たーべよ☆)

 

とでも言いたそうな安堵の表情を浮かべて

 

「念のためもう一度確認しときますね~」

 

と再度電話を。

 

もうあの部屋で始まる一人暮らしライフに思いを馳せつつ書類にペンを走らせる私。

 

担当さんが戻ってきた。

 

「あの…」

 

いたずらが見つかった子供のような心許ない顔の担当さん。

 

「内見してる間に、申し込み入っちゃったみたいです…」

 

「…へ?」

 

「内見しないでそこの物件に決めちゃったらしくて…」

 

 

Oh...

 

あの高揚感は?

 

社会の酸いも甘いもともに乗り越えると誓ったはずの私の部屋は??

 

上司に怒られて一人で泣いたり、友達なんか呼んでお泊り会♪

なーんて考えてた私の夢の新社会人ライフは???

 

 

 

まぼろし~~~?!(cv. IKKO)

 

 

桶狭間織田信長の奇襲を受けた今川義元の気分だ。。

 

 

憧れは、憧れのままの方が成就するより幸せなこともあるということですね…

 

 

イーサン・ハントも驚愕の不可能ミッション。

 

 

目に見えぬ敵の存在を知ったところで、

 

部屋探し1日目、終了です。

 

 

 

 

 

仁義なき戦いは続く…

 

 

 

 

 

 

 

オチのない話

小中高一緒だった幼馴染によく言われることがある。

 

「道草って話にオチなさすぎ笑」

 

いや、なんだかすごく辛辣な言葉のような感じがするな。初対面で話しててこんなこと言われたら即その人との関係をシャットダウンしたくなるくらいには辛辣だ。 

 

しかしそこは長年の付き合いが成せる業だ。

 

友だちが少ない私にとって今でも頻繁に連絡を取る間柄はこの子くらいである。

 

いわゆる親友だ。

 

その親友は思ったことはスパッと言ってくれるところが良いところだ。

 

というか、親友という言葉を今初めて使ってなんだか涙が出そう。

 

私に親友と呼べる存在がいたんだな。。

 

嬉しいんだか、悲しいんだか分からなくなってきたな。

 

とまあ、その親友に特に高校時代なんかはよく「オチがない」と指摘され続けてきた。

 

いや、自分でも自覚はある(そりゃ毎回言われてれば嫌でも気づかされるけども)。

 

自分ではめちゃくちゃ面白いことがあったからぜひとも報告したい!と思って嬉々として話すのだけれど、返ってくる言葉は必ず

 

「…で?」

 

泣く。

 

まあ着地点を定める前に話を離陸させるから、話してる途中で

 

(あ、やばい…これオチない…)

 

って気づくわけですよ、ええ。

 

でもって話しながらオチを探すから無駄に話が長くなるし、まあ結局オチは見つからない。

 

悪循環を毎度繰り返しているわけです。

 

親友でなくとも、思ったことをズバズバ言うタイプでなくとも、もはや知り合いでなくとも、

 

「オチ、ないんか〜い…」

 

と言いたくもなる。

 

最近になってなんとなく気づいたことが、文面だとわりとまとまった会話ができるということだ。

 

でもレスポンスの早い会話は苦手だから返信が遅くなることも多々ある。

 

要は話す内容を頭の中で整理する猶予が欲しいということなんだなぁと。

 

リアルタイムに書けない。

 

卒論時期はヒイヒイ言いながら死にそうな思いで書いてたわけですが、

 

最終的に結論をどうしたいのか、そこまでにどう繋げるか、道順を全部決めてからじゃないと書き始められない。

 

これがしんどい。

 

レポートも卒論も流れが決まらないと書き始められないから締め切りギリギリになるまで思いつかないと本当に地獄なのだ。

 

オチを見つけてから書き始めるおかげかレポート等の評価はまあまあ良い。

 

最近ではTwitterでもツイートするときも一旦下書きに保存して時間を置く、ということが増えてきた。

 

しばらく寝かせておいて、自分で客観的に見ておもしろいかなと思ったやつをツイートするようになった。

 

こういうことを言うとツイートに対するハードルが高くなってしまうな…

 

そのせいもあって下書きばかりが増え続けてしまった。

 

その内容も「今日誰とどこに行った」とか"今"起こっていることではなく、ツイートの時間軸がはっきりしていないものが多い。

 

自分の中で落とし所を見つけるための猶予がないからリアルタイムで書けないのだ。

 

そうやって考えすぎてしまうところがあるので、人と話すときのスピード感にズレが出て上手く関われないのだ。

 

人と話すことはとても好きなのに、本当に損をしている。。

 

それでも、これからもオチを探し続けて生きていくんだろうなぁ、、、

 

 

まあつまり何を言いたいかというと、この話にオチはないということです。

 

 

 

 

 

クラウドファンディング乞食がひどすぎる話

クラウドファンディング」って最近よく耳にするようになりましたね。

 

私の周りでもクラウドファンディングを行なって資金集めしてる人がちらほらいるんですけど、よくよく見てみると「これっていいのか?」とちょっと疑問に思うことがあってモヤモヤしてるという話をしていきます。

 

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そもそもクラウドファンディングって何だ?って話ですけど、

「プロジェクトのための資金を調達できない個人・団体が、ソーシャルメディアをはじめインターネット上で企画内容と必要な金額を提示し、広く支援を呼びかける手法。」出典: デジタル大辞泉

とありました。

 

なるほど、新規事業を起こしたいけど資金が足りないNPO団体などが利用できそうな感じですね。

 

私のイメージ的にも、

 

「社会貢献したいけどビジネスとしてなかなか難しいので賛同者を募りたい」

だったり、

 

「新しい商品開発したいけど製品を作るための資金が足りないので投資してほしい」

 

など、ビジネスとか公共とかの場面で使われるものという認識でした。

 

ところが、引用中の"プロジェクト"にあたる部分が些か私的すぎるのでは??と思うものがちらほら見受けられたので一部紹介したいと思います。

 

《事例1》

将来日本を変えます。その為に支援お願いします。私は現在、起業家を目指す学生です! 起業準備のため学生でありながら、現在地方から東京へでてきました。 貯金もないので生活費を自分で稼ぎつつ、なんとか生活しています。しかしそんな中、パソコンが限界に…

 

要は新しくパソコン買うためにみなさん出資してくださいという感じですね。

 

起業のための資金集めはクラウドファンディングっぽい使い方かなと思うけれど、個人のパソコン買う費用のためにわざわざ投資しますかね?

 

仮に将来の日本を変えてくれる若者を全面的に信用して出資したとして、次がひどい。

 

リターンが「肩たたき券」。

 

どういうこと??

 

そもそもクラウドファンディングって不特定多数に呼びかけるもので、もちろん見ず知らずの人が共感して出資することもあるわけで。

 

肩たたき券がリターンだとすると、実際に会わないと出資に対する報酬ってもらえないじゃないですか。

 

初対面の人に肩たたきしたい、あるいはしてほしいなんて人なかなかいないと思うのは私だけですかね…。

 

この支援を募集した方もそうだったと仮定すると、知り合いに向けた呼びかけであり、完全に内輪での話になっちゃいますね。

 

そうなると、もう個人的に友だちに頼めば良いのでは?ってことになってクラウドファンディングの意味があるのかという疑問が残ります。モヤモヤ

 

とはいえ、これは募集してる方が初対面でも肩たたきを是非したい!私は肩たたきのプロだ!という話であれば、そうなんだーくらいで収まる話かなとも思います。

 

 

もっとひどいのが次です。

 

《事例2》

最近筋トレに興味関心を持ち筋トレを始めた筋トレバリバリ初心者のトレーニーです!基本的にヨガマットを敷いてプランクなどをやって体をいじめいるのですが、それでは物足りないのでゴールドジムに通いたいです。今回はそのゴールドジムに通うための費用を募りたいと思います。自分史上最高のBODYに本気でしていきたいので支援のほどよろしくお願いします。

 

 

もうこれは完全に「乞食」!!

 

社会貢献度が0を振り切ってマイナスになってます。

 

なんで自分の趣味の為の費用を他人に依存しようとしているの??ねえ、なんで??

 

落ち着け、リターンで支援者にかなりのメリットがあるのかもしれない…

 

リターン=自分のBODYが変わっていく経過をSNSで毎日共有

 

メリット皆無!!!


びっくりするくらい自分勝手ですね。乞食中の乞食じゃないですか…


こういう人がちらほらいるせいで、ちゃんとした"プロジェクト"をしていきたい人たちも含めてクラウドファンディングのイメージが下がってしまうような気がします。。


とにかく、私が言いたいのはクラウドファンディングがダメとかじゃなくて


クラウドファンディング乞食、

ダメ、絶対。



〜余談〜


記事によって語尾がである調だったり、ですます調になったりと統一感がなくて申し訳ないですが、完全にその時の気分で変えているのであしからず…


 

『カメラを止めるな!』伏線に次ぐ伏線が織りなすオモシロさ

最近話題の映画『カメラを止めるな!』がつい先日公開されたので見てきた(日本での公開は6月23日だけど、私の住む田舎では8月に入ってやっと公開された)。

 

今回はその感想をつらつら書いていきたいと思う。

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上にも書いたが私が住んでいるのは田舎だ。電車は1時間に1、2本。1本逃せば致命的、東京よりも駆け込み乗車すべきは田舎の方ではと常々思っている。

 

と、まあそんなことはどうでもいい。話を戻して、そんな田舎の町に映画館は2つある。

 

今回行ったのは2つのうち小さく古びた映画館だ。狭く古めかしい雰囲気が私は好きなのだが。

 

巷で話題とは言っても、こんな田舎の小さな映画館でそんなに人はいないだろうと高を括っていたが、予想に反して座席は埋まっていた。

 

周りを見回すと左隣は小学生くらいの子供連れ、右隣は女子大学生らしき3人組、前を見ればカップル、と実に客層は様々だった。

 

前情報として、

・30分超えのワンカットシーンがある

・どうやらゾンビが出てくるらしい

 

これだけしか把握していなかった。

これから観る人も出来るだけ前情報なしで観ることをオススメしたい(2つの情報を書いてしまってから何を言うって感じだが、これくらいは皆知ってることだろう)。

 

この映画、ポスターのキャッチコピーにも書いてあるが、前半の伏線に次ぐ伏線を後半になってどんどん回収していくタイプ。つまり、二度はじまる。

 

前半で所々「?」と引っかかる部分があるのだが、ご安心を。後半に全てが繋がり会場は笑いに包まれる。こんなに観客が笑ってる映画は初めてだった。

 

前半後半の見事な伏線回収でハートフル(ゾンビ出てくるのに)なハッピーエンド!完!!

 

 

……と満足してもらっても結構だが、まだ席を立ってはいけない!(これもポスターのキャッチコピーの通りだ)

 

実際そこで何人かのお客さんが帰っていったが、個人的に好きなのはその後だ。

 

この映画はゾンビ映画を撮ってる人たちを描いたものだが(これはネタバレになるかもしれないが大目に見てほしい)、最後に『カメラを止めるな!』自体の撮影風景が映し出される。

 

これはオモシロイ!!

劇中の撮影風景とリアルな撮影風景を見比べられるなんて!!!と感動してしまった(そこかよ)。

 

全て観終わった後、最初に思ったのは––––

 

「え、待ってもう一回観せて??」

 

そう、この映画、絶対2回目以降の方がよりオモシロイ!!!と確信している。

 

全てを知った上で最初からもう一度観たくなる。

 

同じ映画を映画館で何度も観に行く人たちがいるが、今まで一切共感出来なかった。え、なんで?って感じ。

 

が、今回は観終わった直後に

「また来よう。もう一回観なきゃ。」

という使命感に駆られた。そんな映画は初めてだ。

 

前情報なしで観てほしいのでネタバレを極力抑えての感想だけど(若干のネタバレは悪しからず)、まだまだ言いたいことはたくさんある。

 

とりあえず、明日も映画館に行かなきゃ。

 

脱・暗記型教育が真に必要なのは

最近、学校教育において従来の暗記型教育を脱しようという動きが活発だ。新学習指導要領でも「主体的・対話的で深い学び」を重視している。この脱・暗記型教育が子どもたちにとって主体性や課題解決力を高めるために不可欠であることに異論はない。しかし、友人との会話を思い出して少し引っかかることがあった。

 

私は大学で、教職課程を履修している。しかし教員ではなく民間就職を考えていたため、教員採用試験は受けないつもりでいた。無論、教採の勉強も一切していない。

 

大学も4年目になり大学に行く日も少なくなりつつあったある日、大学図書館で久しぶりに友人の姿を見かけ声をかけた。彼女は教員志望でその日は図書館で教採の勉強をしていた。

 

「久しぶり。それ、教採の問題?」

「久しぶり、そうなんだよー。しんどい(笑) 特に教職教養が、、」

 

ちょうど開いていた教職教養の教育法規の問題を見せてもらった。

教育法規の全文にいくつものマーカーが引いてあり、彼女の努力がひしひしと伝わってくる。そこでふと、気になったことを聞いてみた。

 

「これって、どういう風に問題出されるの?」

 

彼女から返ってきた言葉に私は耳を疑った。

 

「マーカー引いてある語句が穴埋めで出されるの。一言一句合ってないと不正解」

 

彼女の受ける都道府県の試験では、虫食いになる部分もすでに決まっており、暗記するのだという。意味が同じであっても原文と違う言葉は✖。

 

衝撃だった。日本全体で教育改革を叫んでおきながら、暗記型教育の最たるものをあろうことか教員採用試験でいまだ実践しているとは。

 

子どもたちに主体性だ!アクティブ・ラーニングだ!と脱・暗記型教育を推進する側の教師を採用する試験で暗記問題を出し続けている現実。子どもたちにさせる前にこの現実をまず改革していかなければいけない。

 

脱・暗記型教育が真に必要なのはいったい誰か、今一度考えるべきではないだろうか。